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今月の法話














 佐和慧海さん、平成22年6月9日行年89歳でご逝去されました。長らく入院されていましたが、養生叶わず浄土へ旅立たれました。老坊守さんが20年7月より時々代筆なされ、21年5月からはずっと代筆なされていましたが、今年の7月からは自分の事として書かれました。
 佐和千菊さん(さわちぎく、円立寺第14世坊守、大正11年生まれ88才)、先日の検診で身体に異常は一切無いとの事。じっとして居る事が嫌いなようで、いつも動き回っておられます。何時までも元気で『今月の法話』、よろしくお願い致します。

                                                             平成22年7月2日

  

 佐和慧海さん(さわえかい、九日市町下の浄土真宗本願寺派金照山円立寺第14世住職、大正10年生まれのもうじき84才)は、昭和63年9月より門前の掲示板で、法語あるいは平易な文章により御仏の教えを説かれてこられた。その筆致は、角が無く丸みがあってどっしりとして温かみがあり和みを感じさせる、人柄がにじみ出た書です。皆さんに紹介しよう、しようと思いながら今日まで来ました。一月に1回の更新ですが、易しい法話・温かみのある書に触れてください。         
                                                     平成17年9月1日













































































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7月 
 
千万の
灯あれど
われを待つ
灯は一つ
世の中には数えきれないほどの人が居る
でもその中に自分に本当に必要な人は只一人
それを見極めていくのが人生
あれが駄目ならこれ、これが駄目ならまた違う人
目移りし過ぎて定まらぬままに人生を終える
子供が沢山居られる親御さん
あの子に世話になろう、嫌この子にしようか?
目移りしてる間に子供に嫌われ施設送りとなる
この子に世話になると決めたら死ぬまで通す
幸せな老後が送れる筈
生涯の友を持ち生涯の伴侶を得る
友と伴侶が同一人のお方もあろうかと思う
何とも幸せな一生が送れる筈
多くを望まず日々を一生懸命生きよう
6月 
 
ゆるしあって
ではなく
ゆるされて生きる
今日一日
許し合うとは
お互いの非を認める
と言うこと
許されるとは
己の非を人様が、御仏が許して下さっている
と言うこと
人を責めず
己に非は無いのか
自己中心になっていないのか
己の非を許され生かされている事を
しっかと言い聞かせ
日々を一生懸命生きよう
5月
 
みほとけに
照らされ
歩まん
今日一日
今日と言う日
家族に見守られ
友に見守られ
見えぬ多くの人に見守られ
そして御仏に見守られ
健やかに過ごせる
己一人で過ごせてると思うな
多くの人・生き物・物の支えがあればこそ
感謝の念を忘れず
日々報恩感謝の心で過ごし
今の今は 今しかない 今を一生懸命、と
無駄のない人生を過ごそう
 4月
 
腹が立つときゃ
ブツブツ申せ
ブツはブツでも
ナモアミダ仏
長〜〜い一生
たまにゃ腹の立つ事もあろうがのぅ
そがぁなときゃお経を唱えんさいや
したら腹の立つことも忘れるがのぉ
ブツブツブツブツ、南無阿弥陀仏
お経唱えて腹の立つもんは居らんけぇのぉー
生かされてる命を大事にし
日々を一生懸命生きようでなぁー
今の今は 今しかない 今を一生懸命
 3月
 
年かさね 
生かさる命
ありがたさ
年が暮れ年が明け
重なる歳と生かさるる命
元気であればこその命
元気だからこそ頼まれ
させて貰える、してやるのではない
元気だからこそさせて貰える
元気に感謝!!
させて貰えることに感謝!!
生かさるる命を大切に
今の今は 今しかない 今を一生懸命
 2月
 
朝めざめ
フトンの中で
手を合わす
朝、目が覚めた
やれ嬉しやと
御仏に礼を言う
目覚めることが当たり前だと思ってるこの命
が、目覚めないかもしれない
ああぁよかった目が覚めた
今日も生かされた
感謝の念で手を合わそう
生かさせてもらった命
日々精進し
日々感謝の念で過ごし
日々報恩に努める
今の今は 今しかない 今を一生懸命
1月
 
元旦や
今日のいのちに
逢う不思議
新しい年が越えられた
新しい年を迎えられた
当たり前の事じゃない
越えられなかった人が幾多居られる事か・・・
越えられなくても不思議なことじゃない
有難いことだ
此の有難いことを当たり前と思わず
不思議なこと御仏のなさる技とし
世の為・人の為・己の為に
頑張りすぎず欲張らず今何かを成そう
今の今は 今は今しかない 今を一生懸命
今せにゃあ何時するんじゃい!!
↑平成29年
↓平成28年
12月 
 
お念仏と
皆様に
支えられてきた
この一年
迎える年も
感謝の想いで
過ごします
御仏と周囲の方に支えられ
生かされている己
過ぎいく年も
迎える年も
感謝の念で過ごすのみ
姿なき御仏に見守られ
日々出会う方々に
諭され教えられ導かれ
己の愚かさを悟り
日々精進・日々感謝・日々報恩
今の今は 今しかない 今を一生懸命
11月
 
愚痴ばかりの
一日
生かされているのが
有りがたい
日々愚痴ばかり
それも生きてる証し
成れど己の成長はない
愚痴の裏に何がある
今の世の中
筋が通らず
人を思いやらず
義理人情が廃れている
こんな世の中、愚痴ばかり
生かされてることの有難さ
それを分からず愚痴ばかり
愚痴の前に何がある
筋を通す
人を思いやる
義理人情を忘れない
生かされてることを有難く思い
己の信ずる道を行けば好い
今の今は 今しかない 今を一生懸命
 10月
 
思いやる
その心こそ
お念仏
人を思いやる
なかなか難しい事
何時でも己が先・大事に思う
最近の若い人など特にそう思う
我が子の事より自分が先、と見える
他人事を自分の事として心配する
そんなお人善しが居るんだが・・・
そんな奴は変わりもんにしか見えない
御仏・キリストでさえ己を捨て
我が子のように全世界の人々に
慈愛の心を与えてくださってる
人を思いやる
そんな人が一杯居る世界に
住みたいものだ
  9月  
たった一言が
ひとの心を傷つける
たった一言が
ひとの心を温める
多くの面前で個人を中傷する
長年一緒にやってきた仲間を外す言動
言われたお方は
どれだけ傷つけられただろうか
言われたお方だけじゃなく家族もまでが…
言ったお方は己がお分かりなのか?
顧みて己はどうか?
思わぬ一言が
知らぬうちに他人様を傷つけては居ないだろうか?
美味かった〜〜〜
ありがとう!!
よぉ頑張ったのぉ〜〜〜
ご苦労さん!!
お疲れさん!!
その一言で温っかくなる
その一言で報われる
その一言で疲れが吹っ飛ぶ
臨終に言えるだろうか
親父も言った
『ありがとう!!』
 8月
 
あみださまは
いつもわたしと
いっしょに
いてくださる
見えぬところに居られる御仏
何時もそっと見守ってくださってる
誰にでも居る
何時も自分を見守ってくれる人は居る
そう信じてる
どんなにあがきもがいていても
そっと見守ってくれている人
きっと居る
そう信じて己の道を突き進みたい
今の今は 今しかない 今を一生懸命
生かされて居る者の勤め
 7月  
道がある
道がある
たった一つの
道がある
極重悪人
唯称佛

      木村無想
善人も悪人も
行く道は一つ
地獄か極楽か
生かされてることに感謝し
己の為・人の為・世の為に
精一杯生きて極楽へ
善悪考えず行動し
人の迷惑顧みず
私利私欲だけで動く
己の為だけの生き方
生かされてることに気付かない生活
地獄に落ちる
同じ人と生れ
御仏に生かされている事に気づき
日々を一生懸命生きる
行く道はお浄土
 6月
愚かなる
身こそなかなか
うれしけれ
阿弥陀の誓いに
あうと思えば

      良寛
愚かなることも好い事
全てわかって何にも興味がない
こんな人生まったく面白くない
分からんことがあるから
興味を持って勉強する
これは老若男女全てに言えること
あれもこれもと色んな事に興味を示す
老いても盛ん
若さの秘訣かな?
愚かであるからこそ
御仏にすがる
きょろきょろと見聞きする
偉ぶってはいかんぜよ
己を知って行動する
己を知らん人が多すぎる
人生死ぬまで修行
今の今は 今しかない 今を一生懸命
日々がんば!!ガンバ!!頑張!!
5月 
 
声に姿はなけれども
声のまんまが仏なり
仏は声のお六字を
姿をかえて
われに来る

      
高松悟峰和上 
我が子よ良徹よ
声はすれど姿なし
南無阿弥陀仏を唱えると
見えぬ筈の御仏が感ぜられる
日々念仏することにより
御仏を身近なものとし
何時でも何処でも
御仏に見守られてると思え
日々一生懸命生きられる

今の今は 今しかない 今を一生懸命
4月 
 
しだれ桜が
美しい花を咲かせ
人々の心や目を
楽しませています
短い生涯ですが
精一杯咲きつづけます
短い花の生涯
でも精一杯生き
人々を楽しませる
動植物の頂点にある人間
負けてはおられない
今の今は 今しかない 今を一生懸命
 3月 
 
願わざるに草は生える
願わざるに花は散る
獣に生まれ長生きする
人に生まれて早死にする
誰も選ぶことができない己の一生
与えられた一生を
懸命に生きる
それが命を与えてくださった
御仏への感謝の表し方
きれいな花は短命
雑草は逞しく生きる
雑草でも好いじゃないか
己の信じる道をまっしぐらに行けよ
さすれば自ずから結果が付いてくる
今直ぐではなくとも・・・
急ぐな!!焦るな!!
御仏は必ずわかって下さっている
今の今は 今しかない 今を一生懸命

行け!!己の道を・・・
 2月
 
み仏はいつも
柔らかに
私のこころを見つめてる
いらいらする私を
何をいらくっとりんさるんかな
そがーにイライラしんされんでも
もうちょっこし気楽にやりんさいや
人は人
おどれが思うままに行きやぁ〜ええがの〜
御仏は常に見とられる
己の生き様如何にせむ
我が道を貫いた人生
今の今は 今しかない 今を一生懸命
これからも・・・
 1月  
朝めがさめた
息をしているうれしい
念仏が申される
うれしい
目が覚めて息をしている
当たり前のことが嬉しい
でもこれが当たり前ではない
突然の心筋梗塞で
布団の中で無くなる方の多いいこと
身内にも居た
この当たり前に思える事が嬉しい
朝起きて念仏申す
日常が繰り返される
この平凡な事の繰り返しが人生
多くを望むと外れる
焦るほど裏目に出る
生かされてることに感謝し
精一杯を生きよう
↑平成28年
↓平成27年
 
 12月  
私を見ていて下さる 
人があり
私を照らしてくださる
人があるので
私はくじけないで
こんにちをあるく
人も動物も一人・一匹・一羽じゃない
家族が居なくても
何処かで誰かが必ず見守ってくれて居る
其の見守ってくれている人も
御仏が常に見守り照らしてくださって居る
何かあると「自分は一人」、と常に思いがち
そうじゃない
常に誰かが見守ってくれている
妻・子供・兄弟姉妹・友人・・・そして御仏
何事にも挫けることなく
日々生かされていることに感謝し
元気にがんば!!ガンバ!!頑張!!!!!
 11月
 
父も母も
夫もむかえぬ
九三才
ただ有難く
日々を送らぬ
父は59才・母は64才
越えて今尚あがいてる己
手を振り上げたい程腹の立つことばかりの日々

己の在るのは父母と御仏の御陰と思えぬ己
日々生かされてることに感謝が出来ぬ己
アラセブンになっても修行の足らぬ己
如何にせむ
10月 
 
腹がたったらたったまま
悲しかったら泣いたまま
そっとその手を
合せましょう
手を振り上げたいほど
腹の立つこと
流れる涙が拭う手からこぼれるほど
悲しいこと
振り上げた手
涙を拭った手
その手を
己の胸の前で合わせる
浮かぶは父母の顔・御仏の姿
全てを受け止めてもらえる
父母と御仏
己の在るのは父母と御仏のおかげ
日々生かされていることに感謝し
日々を一生懸命生きよう
 9月
 
生まれて
よろこばれる
年をとって
したわれる
死んでから
おしまれる
こんな人生を
送りたいもんです
喜ばれ慕われ惜しまれる人生
こんな生き方をするには
愛する故郷に自分の出来得る貢献をする
偽善で無く真の行動をすること
何事もやったやったで無く
良かった良かったと
仲間と握手し抱き合えるような事をする
常に一生懸命の生き方をする
見てくれる人は見てくれて居る
批判する人・けなす人は
自分ではできない人・しない人と思え
善いことは好い・悪い事は悪い、とはっきり言う
批判する人・けなす人は
自分ができない人・やっている人と思え
自我を通さず好い意見は尊重し取り入れる
一人でもいいから理解者・仲間を作る
其処から輪が広がり地域が盛り上がる
人が減った分だけ余計に手を繋ぐ
地域の活性化は
皆が生まれ育った故郷・人を愛する事
常に一生懸命の生き方をして居れば
何時かは分かってもらえる
「今の今は 今しかない 今を一生懸命」

ガンバ!!ガンバ!!
8月
 
人生の
大黒柱は
なむあみ
陀仏である
南無阿弥陀仏
六字名号
仏教徒の寄りすがる大黒柱
家長は一家の大黒柱
家を仕切り盛り立て
次の代へと繋ぐ
南無阿弥陀仏
私たちを今生から浄土へと繋ぐもの
日々念仏し
未来への不安を払い
明るく毎日を一生懸命生きよう

今の今は 今しかない 今を一生懸命
 7月
 
みほとけの
恵みを喜び
互いにうやまい
助け合い社会の
ために尽くします

       浄土真宗の生活信条
御仏により
生かされてることを知り喜び
お互いを信じ敬い助け合い
社会の為に尽くす事が
生かされてることへの恩返し
己一人で生まれ生きている
そう思ってる人の多い事
お互いが有ってこその世の中
持ちつ持たれつの世の中
己を主張過ぎず
他人を認め信じ敬い
助け合って社会に尽くそう
それが御仏への恩返し
6月
 
みほとけの
教えにしたがい
正しい道を聞きわけて
まことのみのりを
ひろめます

    
 浄土真宗の生活信条
御仏の教えを理解し
正しい道を見極めて
進むべき道を選択し
皆さんと共に歩んで行こう
進むべき道はたくさんある
迷うほどある
迷い迷って極めた道
それが真の進むべき道
極めた道は迷わずまっしぐら
それが己が道
今の今は 今しかない 今を一生懸命
 5月
 
みほとけの
光りをあおぎ
常にわが身を
かえりみて
感謝のうちに
励みます

     浄土真宗の生活信条
御仏の教えを
常にかみしめ

自分を見つめ振り返り
良きこと悪しきこと
常に反省し踏み台とし
御仏により
生かされていることを喜び
日々を一生懸命生きることで
御仏への感謝を表そう
4月
 

み仏の誓いを信じ
尊いみ名をとなえつつ
強く明るく
生きぬきます

      浄土真宗の生活信条
自分が生まれてきたのは何のためか
自分の生き方・進むべき道をしっかりと見据え
自分を信じ
御仏の教えを信じ
強く明るく
生きぬいて行こう
今の今は 今しかない 今を一生懸命
 3月
 
御仏を 
拝む姿を
子がまねる
門前の小僧 習わぬ経を読み
爺・婆の信心する姿を日々見ていると
幼子も自然と御仏の前で手を合わせるようになる
親の背を見て 子は育つ
子は親の行動を日々見ている
子の成長に好い影響を与えるべく自覚し
親自身が自分の行動・生き方に慎重になれ
子は大人を見て育つ
子の手本となる行動・生き方をしよう
 2月
生きるということの
むつかしさ
生きるということの
ありがたさ
生きるということの
不思議さよ
御仏より与えられた命
この命全うするための難儀なこと
しかし、生きている者にしかできない色々な経験
楽しいこと・辛いこと
嬉しいこと・寂しいこと・・・etc
みな、生きていりゃこそです
有難いことです
御仏より与えられた人生
面白おかしく太く短く
寂しくひっそり細く長く
太く長く楽しく面白い人生
細く短くひっそりと寂しい人生
御仏に与えられた同じ人生
人それぞれ別の人生がある
面白いもんだ
不思議なもんだ
 1月
みほとけの
慈悲にいだかれ
ほがらかに
祖父母・両親・兄弟姉妹・恋人
愛する人達に抱かれた時の
ほっとした顔・嬉しそ〜〜な顔
この上ない顔をしていると思う
何もかも忘れ安心しきってる
そんな至福の時
何時までもと思う
↑平成27年
↓平成26年
   
12月 
 
生きると
 いうことの
  むづかしさ
生きると
 いうことの
  ありがたさ
生きると
 いうことの
  不思議さよ
男女の営みから生まれ
浄土へ旅立つ
その間が生きると言う事
生きてる期間は
人それぞれ長さが違う
楽な人生・難儀な人生
楽しい人生・寂しい人生
人それぞれの人生は違う
人生の長さ・中身が
人それぞれ違う
同じ仏の子として生まれ育っても
人それぞれ違う
妙で不思議で面白い
11月 
 
今日の
しあわせは
みほとけのおかげ
感謝と
よろこびの合掌を
今日という日があるのは
御仏のお蔭
喜びの思いを表そう
明日があるためには
感謝の思いを伝えよう
幸せを与えてくれたもの
それは御仏ばかりじゃない
家族・ペット・友達・草花・・・・etc
全てに感謝と喜びの思いを伝えよう

明日を迎えるために・・・
10月 
 
仏法は人生の
足元と行く先を
照らす光である
人生の足元と行く先
それを照らすのは
親・兄弟・師・友人・・・etc
親であれ兄弟であれ師であれ友であれ
その人を照らすのは仏法の光

御仏の教えに自分を照らし
善悪を見極め
己が為即ち世の為に
今の今は今しかない
今を一生懸命と悟り
無駄なく人生を全うしよう
 9月
 
開法は
礼拝から始まる
礼拝は
お仏壇の
掃除から始まる
他人に教えを乞うときには
その人を見極める事が大事
表ばかりじゃなく
裏もしっかりと見る
表も裏もない
飾らず出しゃばらず
でも、言うべきことは言い
やるべきことはやる
そんな人に教えを乞う
御仏の教えを信ずるには
先ずは仏壇を大切にしよう
隅々まで掃除をし飾り付けをする
その後に礼拝・読経をする
御仏と共に読経していると言う悟りの境地
その境地に入りその有難さに浸る
それが仏法への門を開くこと
8月
 
善い人にあって
教えられ
悪人にあって
反省すれば
善悪ともに有難い
教えられるのは善い人ばかりではない
悪人と言われてる人でも
その所業を見て自分に振り返り反省をしてみる
さすれば自分のした事の善悪が分かる

善い人ばかりと付き合っていても
人間的成長はない
法に触れない程度の悪さをする
肝の座った度胸のある
豪快・大胆な人と付き合うのも
自己の成長につながる
昔のがき大将
大人になって大成した人が多い
善い人でなく悪さのできる人間になりたい
ちょい悪おじさん願望有り
 7月
 
光りに遇うと
はずかしいこと
ばっかり
道路にごみが落ちてたのに拾えば良かった…
罪のない虫を殺しちゃった…
人が見てないと思ってしている気の引けること
何気なしに好いことと思ってしていること
そんな故意・悪意のない事柄が
御仏の前に出ると
全部さらけ出されてしまう
御仏はいつも見ておられる
悔いのない日々を過ごそう
 6月
 
すみません
もったいない
ありがたい
三つの心は
わが心
素直に謝る
物を大事にし無駄にしない
感謝の心を何時も忘れない
人として大事なことだが中々出来ない

他人からの注意は素直に受け止めよう
形あるもの命あるものは大切にしよう
全てが御仏の教えと感謝しよう
三つの心を忘れず
日々を一生懸命生きよう
命尽きるまで
 5月
 
今日も一日
生かされた
お蔭さま
ありがとう
今日も夜を迎え眠ることができる
御仏より与えられた命が生かされ
明日へとつながる命となる
御仏のお蔭
周りの人々のお蔭
お蔭に応えるよう
与えられ生かされた命を
精一杯大事に使おう
世のため人のため自分のため
一生懸命に使おう
使わせてもらってありがとう
使ってもらってありがとう
4月
今日の事は
今日しよう
明日のことは
明日の仕事が
ある 
物事を頼んだ時
何時まで?と問う人は
直ぐにやらない人
忙しい忙しいと言ってる人ほど
物事がはかどらない
物事を頼むのは
本当に忙しくしてる人に頼む
さすれば直ぐに片づけてもらえる
明日があると思ってたら
物事は進まない

有るか無いか分からない明日に託さない
今日の事は今日済まそう
3月
よかったね
共に歩める
法の道
親子兄弟で歩く
夫婦友人と歩く
共々歩けることの嬉しさ楽しさ
御仏に導かれ見守られ歩む
歩むその先に続く仏法の道
急がず焦らずゆっくりと歩こう
御仏がどこからでも見ておられる

安心なさい
 2月  
喜びの見える目
尊いものを見ぬく目
仏様の目
御仏は何処からでも見ておられる
喜びも悲しみも
卑しいものも尊いものも
全て見ておられる
民が喜ぶもの
民が尊ぶもの
全て見ておられる
我らは御仏の手の内
御仏に見守られ生かされている
御仏に感謝し
日々を一生懸命生きよう
 1月
 
鏡の前に立てば
姿がうつる
教法の前に立てば
心がうつる 
鏡は姿を映すもの
ただ姿のみ
内面までは見えない
御仏の教えに触れると己の心が見える
教えに照らす己の心
邪悪な心・利己的な心・物欲な心・色欲な心
全てが見える
日々読経することにより
己の心を内面から見直すことができる
中々できない読経なれど
明日からでも始めよう
さすれば己が見えてくる
↑平成26年
↓平成25年
 
 12月
もったいないと
みなおすくらしが
感謝の心
「もったいない」
死語となった感のあるこの言葉
食べ残し・賞味期限切れ食品の廃棄
日本全国では凄い量となる
食べ物は動物・植物の命を頂く
その命を無駄にしている
命頂くことに感謝し、食物を無駄にしない
節度ある暮らしが無駄を省く
日本人特有の心遣い「もったいない」
英語にもなった「もったいない」
身の回りの「もったいない」を探そう
 11月
阿弥陀さまの
ほほえみは
母のほほえみで
ある
母親の笑顔
子供の一番好きなもの
母親の笑顔が見たくて
勉強しお手伝いする子供
子供のその姿を見て
一層笑顔になる母親
母親の笑顔が
子供の血となり肉となる
その母・子の姿を見て
微笑まれる阿弥陀様
阿弥陀様の大きな手の中で
日々生かされてる私たち
笑顔を忘れず
毎日を一生懸命生きよう
 10月
心の鏡はお念仏
うつしてみよう
わが姿
 
御仏に見透かされている己
御仏の手の中にある己
南無阿弥陀仏を唱えることにより
己の小ささを知り

御仏の大きさ偉大さを知る
日々念仏し己を悟り
日々精進し己を磨き
生かされていることへ感謝し
悔いなき人生を往きよう
 9月
つらくても重くても
自分の荷は自分で
背負って
生きぬきましょう
生まれた時から背負っている荷物
つらい荷物・重たい荷物
楽しい荷物・軽い荷物
人其々いろいろな荷物を背負っている
つらい荷物・重たい荷物ばかりの人
楽しい荷物
・軽い荷物ばかりの人
背負った荷物は人には渡せない
背負った荷物は交換できない

つらく重たい荷物でも
自分の荷は自分で背負い
生き抜くしかない
上を見たらきりがない
下を見てもきりがない
生まれついての人生
変えようのない人生
変えられないこと・変わらないことを
悟り開き直ることにより
つらく重い荷物も軽くなる
自分の荷は自分で背負って生き抜こう
8月
友との出会い
師との出会い
一番大切なのは
仏様との出会い
何事も話し合える親友
私の方向を定めて頂いた恩師
何れも大事なもの
見えぬ御仏は?
見えぬ御仏は
蔭ながら私を見守っていてくださって居る
その存在を知りえた時から
己の生き方を変えよう
世のため・人のため・己のため
与えられた命を無駄無く使おう
7月
私を見ていてくださる
人があり
私を照らしていてくださる
人があるので
私はくじけずに
こんにちをあるく
誰も一人ではない
誰にでも
見守り導いてくれる人は絶対に居る
だから誰もがくじけず
今日を生きている
誰も一人ではない
何時も遠くから
見守り照らしてくださっている
御仏が居られる
誰も一人ではない
6月
あの人は善いが
この人は悪い
みんな自分の都合で
言っている
他人も同じことを
いっている
みんな己が大将
自己中心主義
隣人が減ってきた今
肩寄せ合わなければならぬ今
何故個人主義か?
寂し過ぎやしないか?!
昔のように隣の子もわが子のように
叱り飛ばそうじゃないか
昔のように味噌・醤油・ごはんの
貸し借りをしようじゃないか

隣は家族、小組も地区もみんな家族
地域の活性は我が家から
地域の活性は隣組から
5月
 
美しい笑いは
家の中の
太陽である
太陽は
太陽系天体の中心
人の中では笑いが中心
笑いは家族の絆の元
笑いは地域の絆の元
笑いは健康の元
笑う門には福が来る
大いに笑って
健康で長生きしよう
4月
もみじの手
まじえて明るい
お念仏
姥の膝で幼子が手を合わせる
何も分らずただまねするだけ
幼い時からお経に親しみ
お経が刷り込まれる
つい口から漏れ出るお経
思い出す楽しかった幼い頃
明るく楽しい我が家
御仏の前で念仏申してるわが膝で
もみじの様な手を合わせている
笑顔のわが子
3月
往生の生は
生まれるというほかに
生きる
という意味がある
往生
ひとりで生まれ
自分一人の力で生きて往く
皆そう思っている
だが多くの人に見守られ
生かされ生きている
だから何があっても生きること
生かされている自分を
悔いなく生きる
それが生んでもらった
生かされ生きさせてもらった
周りの人々・御仏への恩返し
悔いなく生き往きたいものだ
2月
喜びの見える目
尊いものを見ぬく目
仏様の目

良い事をしたとき
悪い事をしたとき
御仏は何時でも見ておられる
物事をなす時は
常に自分に問いただし
善悪を判断
善は勧め、悪は封じる
御仏は常に吾のそばに
1月
人生とは
その日その日の
法縁である
日々生きている
日々生かされている
御仏の見えぬ御加護の元
生きている生かされている

それを悟る事が仏法に合うこと
そのご縁を大切に
日々一生懸命生きよう
年始めの一句は
お念仏
今年もよろしく
お願いいたします
『南無阿弥陀仏』
「私を信じろ」との阿弥陀如来の言葉
御仏の教えを信じ
真実の自覚にめざめ、
それを依りどころとして
真実に生きることができることへの
ご恩報謝の言葉
それが『南無阿弥陀仏』、『帰命無量寿如来』
『お念仏』です
真実に生きろ
さすれば救われる
↑平成25年
↓平成24年
12月
友との出会い
師との出会い
一番大切なのは
仏様との
    出会い
生まれ来て
大事な友が出来
人生の先達の師とも出会う
でも御仏の存在に気付くのは何時?
自分は生かされている
自分の命は与えられたもの
自分のものではないこの命
と、気付くのは何時?
一番大事なことに気付くのは何時?

御仏の存在、息絶えるまでには・・・・・
11月
ちょっとした
親切や恵みに感謝して
大きな
ご恩は忘れがち
人間、目の前にあるものばかりにとらわれる
見えざれども何時もそばに在る大きな手
御仏はその大きな手からこぼれ落ちぬよう
何時も私たちを見守っておられる
そのご恩は見えない・感じえない
御仏により生かされていることを認識し
与えられた命
命ある限り全力で生き抜こう
10月
仏法を聞くことは
ありがたい話を聞くのではなく
ありがたい事実に
めざめることです
凡人である我々は
目が見え、手足が動き、
耳が聞こえ、話すことができる
生きている
それが当たり前と思っている
が、実は生きているのではなく
生かされていることに気付く
その事実に目覚めることが
仏法を聴聞するということだ
9月
大悲のみ親とは
この私を必ず救うぞと誓われた
阿弥陀様のことです
ありがたい
        ことです
もったいない

                   
小池玲子
私達生きているもの全ての
苦を取り除き、楽を与えてくださるのは
阿弥陀様

必ず救うぞと誓われた
阿弥陀様
ありがたいことです
もったいないことです

この御恩に報いるため
日々一生懸命に生きよう
8月
合掌ほど
誰でも何時でもどこでもできる
平凡な善行はない
他人を敬い自分を慎む
人間の一番美しい姿
それが合掌
それは如何なる場所でも
如何なる時でも

誰でもできる
そんな平凡なことが合掌
他人を敬う心を持つと
他人の善いところが見え、悪が許せる
完璧ではない人間を許し、助け合いの心が生まれる
さすれば相手を敬える本物の合掌ができる
7月
人間は
自分が幸福である
と言うことを
知らないから
不幸なのであ
空気
あって当たり前の存在
幸福
人は誰でも幸せ
幸せの型は人それぞれ
そのことを認識することにより
もっと幸せになれる
人は誰でも幸せ
そのことに気付いてない人は
不幸せ
6月
病んでみて知らされる
他人の思いやり
いのちの重さ
元気な時は
自分ひとりで生きている、と誰もが思っている
が、病気になると一人では何も出来ない
いろんな人の目に見えない支えによって
生かされている、生きている事を知る
自分の命でありながら
他人様に支えられて生きている
他人をお思い遣る心を忘れず
与えられた命を大切に
精一杯生きよう
5月
めぐまれた命
誕生日
おとうさん おかあさん
有難う
この世に生を受けると言う事は
何万もの競争相手を制してこの世に出でたと言う事
両親のお陰だ
誕生日はそのお陰に感謝する日
祝ってもらうのではなく
両親に感謝しよう 

おとうさん おかあさん
有難う!
4月
ふりむけば
ごおんをうけし
人ばかり
己一人で生きられていると思うな
沢山の人の世話に成っている
お互いが世話をし合い
感謝の念を持って毎日を過ごそう
前ばかり見るな
たまには振り返ってみよう
お世話になった人が見える

己一人で生きているのではない
3月
拝む手
称うる口
信ずる心
皆他力なり

   
(梅原真隆)
南無阿弥陀仏と
口にし手を合わせる
是が仏への信心と思っている
が、是は皆他力本願なのだ
見えぬ力で守ってくださる御仏の力
この見えぬ力が他力
己の力で生きている、は大きな間違い
御仏は見えぬ大きな力で
皆を見守っている
見守られているからこその自力
安心して自己を試そう
2月
ほんとうの美しさは
心の健康から生まれる
ほほえみとやさしい言葉を
日々の生活の中で大切に
見た目の美しさにとらわれるな
本当の美しさは見た目ではない
自然な微笑と優しい言葉使い
他人を思いやる心
其処に自ずから美しさが表れる
イケメン・べっぴんさん
外面に惑わされるな
本当の美しさとは内面にある美徳のこと
他人を気遣い思いやることにより
己の美徳が磨かれる
日々の生活に微笑みと優しい言葉を!!
1月
無常の人生の縮図が平成23年
平成24年は佳き年になりますよう
定められた人生と言えども
余りにも多くの犠牲者を出した東日本大震災
世界の金持ちから買われ続け
どんどんと高くなり未曾有の高値の円
政治家の劣化によりころころと変わる日本の宰相
余りにも悪い方へと移ろいすぎた平成23年
物事には限りがあり常に変化している
そのことを悟り変化に抗う事無く生きる
そこに平安があり安穏な生活が出来る
平成24年、安穏な1年となることを願う
↑平成24年
↓平成23年
12月
恥かしや 
親に抱かれて親さがし
くたびれはてて
親のふところ
暴れ者の孫悟空
暴れ回ったとて
所詮は御仏の手の内
御仏は空気のような存在
大きな愛で見守っておられる
其れがわからず愛を探す
結局は御仏の愛の極一部なのだが・・・
11月
数えきれないほどの
お米一粒一粒が
いまこの茶碗の中に
私のために
米一粒一粒にも命がある
その数え切れない命が
私達の腹を満たしてくれる
数きれない多くの支えにより私達は生かされている
その命・支えを無駄にすることなく
限りある人生を
一生懸命に生きようではないか
10月
身は食で
心は法で生かさるる

             教えの庭から
私たちの身体は
食べることにより保たれている
しかし心は
腹一杯食べたとしても満たされるものではない
心が満たされるのは
自然のなすがままに生き
御仏により生かされていることを悟り
感謝の念を持つことが出来たときだ
感謝の念を持って日々を過ごそう
さすれば心も満たされる
9月
私たちは
二つの耳と一つの口を持っている
たくさん聞いて
少なくしゃべるために
人は二つの耳と一つの口を持っている
口数が少ないのが美徳という事ではない
多くの物事を見聞きし
その中から自分の物とした事を話し
行動に移せよという事
無言実行は駄目
有言不実行は駄目
無言不実行は最も駄目
言う事も言うがやる事もやる
有言実行が一番
8月
不平の思いは
不幸を生み
感謝の心は
幸せを生む
不平不満の日々
自分だけが不幸と思う心に
幸せは来ない
被害妄想は
自分だけでなく他人をも不幸にする
御仏によって生かされているんだと

感謝の心を持って人に接すれば
自分だけでなく他人をも幸せにできる
生かされている日々を精一杯に生きよう

さすれば自ずから幸せはやってくる
7月
真宗の生活は
御報謝のいとなみである
してやるのではなく
させて頂くのである
御仏のご恩に感謝し報いよう
世の中のため人のための善行を
してやるのではなくさせて頂く
偽善ではなく真からの善行を積もう

日々善行を積もう
さすれば浄土への道が開かれる
6月
どんなに長く住んでいても
決して飽きがこない家
それが念仏に薫る
家庭である
楽しいことがあったら思い出す家
寂しいことがあったら思い出す家
苦しいことがあったら思い出す家
何処にいても何があっても思い出す家
何があるわけでも無い家
でもいざというとき頼りになる家
そんな家を残してやりたいものだ
5月
生きろ 生きろ
花が花であるように
草が草であるように
荒き世ににぬくもりを
つらき世にふれあいを
暗き世に灯びを
人の世にやすらぎを
飾る事無く素の自分を出して
己のままに生きろ
人心の荒れたときは
温かい心を以って人に接し
辛く悲しいときは
人心に触れる言葉で慰め
世の中が暗いときは
笑いを以って人心を明るくし
この世の人皆にやすらぎを与えろ

飾る事無く素の自分を出して
4月
お念仏の道は
お陰様と生かされ
ありがとうと生きぬく
道であります
御仏を信じるということは
御仏のお陰でこの世に生を受け
妻のお陰・ 家族のお陰・人様のお陰・・・・

多くのお陰で生かされているこの身
感謝の心を持ち命尽きるまで
この身大事に生きること
3月
自分の欠点を
素直にみとめることの
出来る人は
幸福である
人それぞれ欠点がある
しかし、それは中々認められない
人様の中では尚更
しかし、その中で認めることが出来ることは
己を知っていること
己を悟っていること
己を知り悟ったものは幸福
悟りある者に迷いはない
御仏からから与えられた命を
無駄にせず
悔いなく生きることが出来る
2月
ほほえみにかがやく命
なみだにもくもらぬ命
たたえまつらん
御仏から与えられた命
この命大切に

楽しいことは思う存分
苦しい時、悲しい時はじっと耐え
悪に染まらず善に勤め
慈悲の心で人に接す
一度しかない人生を
悔いなく生きよう
1月
生かされて
生ける命を
大切に
御仏により生かされて居る私達
私達の命は御仏から与えられたもの
その命を粗末にする人の
なんと多いい事か
自分の命どころか血を分けた者・他人の命までおも
粗末にする人がいる
御仏より生きよと与えられた命
生かされていることを知り
命ある限り大切に生きよう
↑平成23年
↓平成22年
12月
私を見ていて
くださる人がある
私を照らして
くださる人があるので
私はくじけずに
今日をあるく
人は誰も一人ぼっちじゃない
影で見守り支えてくれている人が必ず居る
人それぞれには影に成り日向に成る人が居る
それは御仏様?旦那?女房?恋人?

その存在に気付く人はくじけず日々を過ごせる
御仏様に見守れている日々の幸せに
感謝!!
11月
働きづめに
働いている心臓
夜もひるも
ほらいまも
ありがとう
見えないところで仕事をして居る
夜昼問わず仕事をして居る
人の嫌う仕事をして居る
そんな人たちのお陰で
この世の中成り立っている

表に立っている人はほんの一部
陰で支えている人に感謝
御仏も常に私たちを見守っておられる
『ありがとう』の気持ちを常に心に
10月
拝まないときも
拝まれている
子供が親の願いの中に
生きているように
私たちは
生老病死の苦しみ、喜怒哀楽の心
『煩悩』を抱いて生きている
そんな私たちに御仏は常に寄り添っておられる
私たちはそのことに気が付いていない
そのような私たちを哀れみ、
お名号『南無阿弥陀仏』を与えて下さり
煩悩を捨て
お念仏を申しなさいとおっしゃられている
私たちは
御仏の心を信じ念仏申すのみ
親が子を思うように、
御仏はいつも私たちを思っていて下さっている
9月
たくさんの
命の中に
私がある
ともにあゆむ

   (麻田秀潤、新潟県小千谷市極楽寺住職)
世の中自分ひとりじゃない
多くの人が居て成り立っている
自己中心にならず
お互いを思いやり
協力し合い
切磋琢磨して
この時代を乗り切ろ
8月
人と人との出会いは
会者定離
仏との出会いは
永遠不離
人との出会い
出合った数だけの別れがある
どんなに親しくしていても必ず別れが来る
御仏との出会い
御仏により生かされていると悟った時から
日々念仏し御仏の御心に触れる事により
護られ生かされている幸せを感じ
悔い無き日々を送ろう
7月
穀物を育てぬ
畑には
雑草がしげる
心の畑を
育てよう
蒔かぬ種は実らない
手を入れない畑は荒れる
心の中にも種を蒔き芽を出させ
手入れをすることにより
人として生きることができる
日々読経し仏心に触れる事により
人としての生き様を見つけよう
6月
病める人のほほえみで
元気な人が
なぐさめられる

体の不自由な人ほど心が素直だ
不思議なほどに笑顔が一杯
何ゆえか
開き直り
それが一番と思う
如何に早く開き直りができるか

元気な人ほど諦めが悪い
物事、成る様にしか成らない

悟らば必然的に笑顔が出る
5月
みほとけと
いつも二人の
よいくらし
日々念仏できることは、この上ない幸せ
信じた人といつも一緒に居られる
当たり前のことだがなかなか出来ない
それが出来る幸せは、最高の幸せだ!!
4月
手を合わせれば
憎む心もとけてくる
離れた心も結ばれる
生かされて生きる
楽しい世界にして行こう
二度とないこの人生を
念仏を唱える事により
全てが元に戻り
皆と手を携える事ができる
御仏により生かされ生きている事を知り
二度とは無いこの人生を
悔いを残す事の無きよう
一生懸命に生き
楽しく暮らそうじゃないか
3月
春彼岸
菩提(さとり)の種を
まく日かな
雪も融け畑仕事が気になる今日この頃
春の彼岸ももう直ぐ
彼岸の法要で菩薩の心を感じよう

蒔かぬ種は生えない
蒔いた種は秋には刈り取れる
日々精進
何事にも挑戦・挑戦
!!
2月
けさもまた
さめて目も見え
手も動く
ああ極楽よ
この身このまま
      
(平沢興、元京都大学総長)
当たり前のことが嬉しい
その当たり前が中々出来ない
寝ては覚め起きては現のこの世界
与えられた現実を受け入れ
高望みせず気楽に生きるのも
又極楽かも・・・・・
まっ、それも人夫々か・・・・・
1月
今生きている
今生きてきた
これからも生きていこう
頂いた命と共に
お念仏と過ごさせて
頂きませう
厳しかった昨年
今年は如何なる年になるやら
そんな世の中に
御仏により生かされている事の
ありがたさを知り
御仏から頂いた命を大切に
この一年を生きて行こう
↑平成22年
↓平成21年
12月
おかげさま
ありがとう
すみません
の言葉を
忘れないように
いたしませう
感謝の言葉
皆、忘れている
買ってもらってありがとう
売ってもらってありがとう
売り手・買い手あってこその商売
世の中お互いさま
感謝の気持ちを忘れないように
11月
石ころばかりの
道なれど
あなたの笑顔が
杖になる
辛いばかりの人生
そんな中でも頓着無く活きている
貴女の笑顔
その笑顔が私の支えだ
辛いばかりの人生
そんな中にも光を見出し
精一杯活きようじゃないか
10月
善い人にあって教えられ
悪い人にあって反省すれば
善悪ともにありがたい
好感を持っている人から教えられ
学び育てられる
しかし嫌いな人・憎い人からも教えられ
学び育てられている
善と悪、この相反するものの存在が
己を成長させてくれている

善と悪、この相反するものの存在が
世の中面白
くしている
9月
いずくにも光いたらぬくまぞなき
法の誓いのひろきめぐみは

                   明妙上人
光の当たらないところは何処にもない
それが仏法の教え
何事も一生懸命に努力すれば
必ず報われる
日々精進、日々一生懸命
明日を夢見て今日を生きよう
さすれば光は自ずから当たる
8月
『いただきます』と
手を合わせるのは
多くの命を
受けとる
ごあいさつです
いただきます!!
食事の前のこの言葉
私たちが口にするもの全てに命がある
その命を戴いて私たちは生きている
次の命を育むために
受けとった命を無駄にせず、粗末にせず
ご馳走様でした!!
と、御礼しよう
7月
もったいないと
見直す暮らしに
感謝の心
『もったいない』、現在死語に近い言葉
今は使い捨ての時代
修理するより捨てたほうが早くて安上がり
グロオーバル化の結果?!
『100均』に行けば何でもある時代
が、これが環境破壊となってるかも?!
『もったいない』を見直し
日々生かされていることに
感謝の気持ちを持とう
6月
すべてのものに感謝できる人は
すべての人から感謝されるだろう
あらゆる物・事象に感謝の念を抱ける人は
自ずから物・人を大切に思い扱い
感謝の日々を過ごしている
そんな人は回りの人からも感謝されている

自己中心・自分さえよければ好いと言う現代
感謝の日々を過ごしたいものだ
5月
笑顔こそ
人と人、心と心を
つないでくれる
笑顔、何物にも勝る物
喧嘩・勘違い・仲違い・・・・etc
互いの笑顔で元に戻る
微笑・苦笑・談笑、冷笑?!
笑う門には福来る
笑いは健康の元
大いに笑おう
わっはは、ワッハハ
4月
風は見えないけれど
風のすがたは
なびく草の上に
見える
御仏の姿・形は見えない
見えぬ彼方から我々を見守っておられる
そのお陰で毎年春にもめぐり合える
信心の心も同じ
表そうと思わなくても
行動に染み出してくるもの

その行動により自ずと浄土へと導かれる
3月
仏を念ずる心は
仏に念(おも)われている
証である
御仏が念じて下さる事を感じ己も念ずる
念ずる事により煩悩が見える
煩悩が見えるという事は
御仏と対話をしていると言う事

御仏は訳隔てなく念じてくださる
それを感じてお念仏しよう
2月
生かさるる
よろこびにおう
春の梅

中村久子:幼少より四肢切断ながら逞しく生抜いた人)
御仏により生かされている
それは人に限らず
動物・植物、万物・あらゆるもの
春一番に咲く梅は、その喜びを
姿・形・匂い、身体全体で表している

生かされていることの喜び
梅の如く表現を!!
1月
年始めの仕合せとは
一句のお念仏
南無阿弥陀仏
この一句
年始めに唱えられるのは
仕合せの限り
お念仏すれば
日々是好日
↑平成21年
↓平成20年
12月
人はともにみな
敬い親しみ
嫉んではならない
御仏から命を授かった我々
縁は自分で選ぶことができない
それを悟り
縁あるものを大切に敬い愛し
決して憎んだり嫉んだりしてはならない
11月
お念仏との出遇いは
私との出遇いである
日々念仏する事により
念仏の中に自分を見出すことができ
それをより所とし
真実に生きることができる
10月
心の鏡はお念仏
うつしてみよう
わがすがた
己は如来様に見透かされて居り
念仏の中に己がある
南無阿弥陀仏を唱え続けることにより
自分を見出すことができる

日々念仏し自分を磨こう
9月
荒き世にぬくもりを
つらき世にふれあいを
暗き世にともしびを
人の世にはやすらぎを
(中西智海:本願寺築地別院輪番・本願寺派司教
心が荒むと人の温もりを求め
辛く成ると人との触れ合いを求め
暗くなると灯りを求める
人は常に安らぎを求め
一人では生きて行けない
御念仏の中に明かりを見出し
御仏に触れて温もりを感ず
人は御念仏にやすらぎを求める
8月
きれいな蓮が
咲いています
見えない根っこの
おかげです
きれいな花も支える根っこがあってこそ
人の世も同じ
陰で支える人があればこそ表に出られる
そのお陰を忘れず
お互いを認め助け合ってこそ
人の世にも
きれいな花が咲く
己一人で何でもできると思う勿れ
7月
人は出会いによって
育てられ
別れによって
深められる

      (今月は老坊守りさんの代筆です)
人には夫々の出会いと別れがあり
その出会いと別れにより
内面的なものが育てられ向上していく
嫌いな人・憎い人の出会いからは
己の我の強さ・梵夫たることを知らされ
親しき人との別れからは
命の尊さ・はかなさを知らされる
今現在の出会い・生きている喜びは
御仏によることと知ろう
6月
ほほえみは
人一代の身だしなみ
歪み・偏見や偽りなどの計算のないほほえみ
心から出てくる本当のほほえみ
本当のほほえみは人の心を穏やかにする
お互の尊厳を認め
ほほえみを以って人に接することが
万事を丸く収める
5月
あらとうと
青葉若葉の
日の光

どんなものにも日は当たる
まさに命というものは尊いものだ
御仏に生かされていることへ感謝して
日々を精一杯過ごそう
4月
散る桜
残るさくらも
散るさくら
今幸せであろうと不幸であろうとも
いずれは御仏に召される身
今を精一杯生きよう
3月
不幸の恩は不幸を生み
感謝の心は幸せを生む
不幸と思えば不幸、幸せと思えば幸せ
思いは人それぞれ
自分ばかりが不幸と思えばその思いが又不幸を生む

御仏により日々生かされていることに感謝し
その感謝の思いを世間に活かせ
そこからは自ずと幸せが生まれて来る
2月
子の躾
まず親たちの姿から
親が悪けりゃそのように
親が良けりゃそのように
信心深い親には信心深い子

御仏の教えも親から子へ
子供は親の背中を見て育つ
たくましい背中になりたいものよ・・・・
!?
1月
安らかな
世になれかしと
手をあわす
昨年の時代を表す字は『偽』
虚偽で一杯の一年だった
今年は良き年になることを願い
念仏申す
↑平成20年
↓平成19年
12月
念仏をとなえて
知る幸
生きる幸
日々念仏し
御仏に生かされている事を知り
南無阿弥陀仏の中に幸せを見出し
与えられた命大事に
一生懸命生きよう
11月
言葉は心の遣い
『ご苦労さん』より
『ありがとう』
慰労の言葉の『ご苦労さん』より
感謝の気持ちの『ありがとう』
気遣う心があってこそ
まことの言葉が出てくる
みんなに『ありがとう』の心があれば
世の中まん丸
10月
はだかにて
生まれてきたのに
何不足
    (一茶)
人間生まれて来た時はみんな裸
着物を着ているだけでも上等
暑い・寒い、好き・嫌い・・・・・等等etc
不足を言わず今を見つめ
御仏に生かされていることの
ありがたさを感じて生きよう
9月
仏の願はそのまま
私の願はわがまま
御仏の願いは、万物すべての幸せ
俗人の願いは、己が欲の成就
子在る身でも己が事が優先
他人様より己が事、隣は何をする人ぞ
昭和30年・40年代が懐かしい
8月
何時も静かに
笑っている

何事にも動じず
何時でも平静で
なすがままにあれ

7月
この日
この時
この場所が
私のすべて

私のすべては、今ここにある
御仏に見守られて
ここに居られるだけで好い

多くを望まず
今ここに居られる事を喜びとし
一生懸命生きよう
6月
迷い人に
正しい道を
たずねることは出来ない
迷いのある人間には正しい道が見えない
迷いさまよってこそ正しい道が見える
迷う事は間違いではない
御仏も、迷いさまよい、悟りを開かれた
大いに迷うべし、その先に悟りあり
5月
あなたも私も
尊い命
この世の生あるもの、皆尊いもの
御仏より与えられた尊いこの命
御仏より預かったこの命
みんな同じ大切な命
一生懸命生きよう
この命召されるまで
4月
生きていてよかった
生かされてきてよかった
あなたにめぐり逢えたから

              (相田みつを)
御仏に生かされ生きてきた命
お陰であなたに会えた
生きていてよかった〜〜
与えられた命
御仏に召されるまでの命
誰にも奪う事のできない命
一生懸命生きよう、あなたと共に!!
3月
おかげさまと言える人生に
孤独はない
 
“おかげさま”
言える人の周りに人が居る

今があるのは御仏のおかげ、
妻のおかげ・家族のおかげ・人様のおかげ

忘れてならない“おかげさま” 
1月〜2月
生かされて生きる命を大切に 生かされ生きていると言うことを自覚し
自分の命も人様の命も大切にし
与えられた命を一生懸命に生きよう
↑平成19年
↓平成18年
   
11月12月
今年一年、生かされて生きて来た
有難うございました
御仏に見守られ生かされ生きたこの命
お蔭様で無事1年が過ごせた

御仏に感謝を
10月
浄土への道は彼方ではなく
           私の足元にある
幸せ・・・
空気みたいに気付かないものだが
自分の身近にある

もっと身の回りを見直して・・・・
9月     お休みされました(私も・・・・・・)
8月
人の世の幸不幸は
  人と人とが逢うことからはじまる
               よき出逢いを
好い出逢いをした人には好い人生がある
御仏に出逢って念仏の世界もまた人生
7月
おかげさまと
     言える人生に
            孤独はない
御仏に見守られ
生かされている事の分る人の周りには
たくさんの人が居る

       (お陰様と言う言葉が廃れようとしている)
6月
人生は
   聴聞を続ける事で
           広く深くなる
御仏の教えを積み重ね聞く事により
物事を広く深く考える事が出来るようになり
自分の生き方に悟りを開く事が出来る
5月
愛されていない命は一つもない
尊ばれない命は一つもない
自分は嫌われてる・要らない者だなどとひがむな
愛してくれる人が何処かに居る
何処かで役に立っている

いらない命は一つもない
世界に一つしかない自分の命を大切に!!
4月
人の悪はとがめるが
自分の悪には気が付かない
とかく人間は他人ばかりを責め
自分の落ち度には気が付かないものだ
3月
拝む手に
    つたわるみ名の
            あたたかさ
『南無阿弥陀仏』と唱えていると
幼き頃の父母のように
御仏が手を広げ優しく包んでくだっさっている事を
感じる事ができる
2月      腰痛の為、お休みされました
1月
無常の人生の縮図がこの一年でした
その一年がくれました
平成18年は佳き年になりますよう
『人の世のはかなさ』を
見せ付けられた平成17年、
平成18年は佳き年になりますように
〜〜
↑平成18年
↓平成17年
12月
うまれてよかったね
       あなたも私も
かけがえのない
       大切な輝くいのちです
生まれ来た事を喜び
生かされていることを知り
かけがえのない人生を
輝かせて生きよう
11月
言葉は心のつかい
『ご苦労さん』から『ありがとう』まで
思っている事は、言葉の端に出てくる
優しい心を持っていれば
自然と優しい言葉が出てくるもの
10月
よろこびは消えて逃げるぞ
逃げぬ慈悲はおやの慈悲
一般的な喜びは忘れ去ってしまう
親の優しい心はいつまでも変わらない
9月
和顔愛語(わげんあいご 和やかな顔から出る言葉は優しい
いつも穏かで和やかな顔でいよう
8月
願に生きる今の我 皆が幸せになると言う
御仏の願いを聞かせてもらうことで
一生懸命生かさせてもらえる
7月
お天気が続けば雨が欲しいと言い
雨が降り続けば日照りが欲しいと言う。
どうせこの世は思うに任せぬもの・・
・・
人間は勝手な思いをするが
何事も思い通りにはならないものだ
6月   いつでもどこでも誰にでも
絶やして成らぬほほえみを
常に微笑を!!
笑みあれば争いなし!!
5月
人も草木も虫も同じものは一つもない
同じでなくて美(み)な光る
世の中同じものは一つもなく
夫々に使命を持って生きている